熊本市現代美術館と熊本の劇団に聞く「カルチャーシーンが元気な理由」

《この記事は、2020年1月より取材・制作を行っておりましたが、その後新型コロナウイルス感染拡大防止のため熊本市現代美術館が休館したことを受け、公開を延期しておりました。この度5月21日(木)の再開館にあたり当記事を公開いたします。新型コロナウイルス収束後に熊本でお待ちしています。
熊本市現代美術館ご来館にあたっては、「新型コロナウイルス感染拡大防止のための当面の対応とお願い」をご一読お願いします。

最近美術館に行ったのはいつですか?
最後に観劇して面白いと感じたのはいつですか?
都会の週末は魅力的な展示や演劇で飽きることがないでしょう。一方、地方はそういったカルチャーが充実していないのでは?という印象をお持ちの方が少なくないかも知れません。
しかし、地方である熊本市を巡ってみたら美術館だけで4施設。音楽、演劇、その他文化活動で使用可能なホールがある市の施設が10施設!市を拠点に活動する劇団が複数…と、街の中にぎゅっと詰まった文化的要素が見えてきました。県外からも展示や観劇を楽しみにやって来る人が多い、この街のカルチャーシーンが元気なのはなぜでしょうか。

市の文化を支える「公的機関」と「表現者」の2つの視点で、熊本市のカルチャーシーンについてお話を聞きました。

「開かれた美術館」を目指して

お話を伺うためにまず訪れたのは熊本市現代美術館。公的な美術館と言えば街から少し離れた静かな場所にあるイメージ。しかし、ここは繁華街の中心。仕事や買物などの人が多く常に周りが賑わっています。
そんな環境にある熊本市現代美術館に求められているのは、どんなことなのでしょうか。

美術館の前に立つ、女性たち
(左)学芸員 冨澤さん(右)副館長 岩崎さん

2002年開館当時は21世紀のはじまりに、皆が期待をもっていた時代。美術品の収集・保存・展示という”従来の美術館としての役割”とともに、”新しい美術館像”が求められました。加えて、美術館を構えたのは繁華街の中心。せっかく人通りの多い場所なのに、敷居の高い美術館では意味がありません。ここで一体何をして、どのような存在にしていくかということが大きな課題でした。

そう話すのは開館当時から運営を手掛けてきた、副館長の岩崎さんと学芸員(主査)の冨澤さん。スタッフで検討を重ねる中で、普段美術館と接点のない人でも入りやすい「開かれた美術館」を目指すことになったそうです。
例えば「街なか子育てひろば・キッズサロン」からは、いつも子どもたちの元気な声が聞こえてきます。ここは美術館にとってどのような場所なのでしょうか。

木のプール

「街なか子育てひろば」には子育てアドバイザーがいて、子育てに関する相談なども聞いてくれます。また、定期的に子どもさんと一緒に参加できるワークショップも開催していて、アートを身近に感じながら子育てができるような場所です。利用する子どもたちとその保護者はもちろん、ひろばを利用していない人も、美術館を身近に感じてもらえるような導線を考えています。

「街なか子育てひろば・キッズサロン」をつくる時は、学芸員のみなさんで「もともと、どんなところなのかな?」と施設を見て回ったそう。どういうコンテンツだったら美術館にふさわしいかを考え、所管課のスタッフとも、対話を重ねてスタート。木のぬくもりを感じる「世界の木のおもちゃ」や「木のボールプール」、大型絵本、紙しばい、布絵本など、子どもの感性を刺激する遊具が設置してあります。
美術館といえば大人が静かに過ごすイメージ。子どもがいると少し行きにくく感じてしまいがちな美術館でも、このような施設であれば気軽に立ち寄りやすいかもしれません。

また、衣食住に関する書籍から漫画までとりそろえた空間「ホームギャラリー」には、本を読む人やソファでくつろぐ人など、思い思いに過ごす人々が見受けられます。

ホームギャラリー
マリーナ・アブラモヴィッチ《Library For Human Use》2002年

都市型美術館として、展示以外の目的でもたくさんの方に来ていただきたいので、月曜日は映画の無料上映会「月曜ロードショー」。毎日ボランティアによるピアノコンサートも行っています。午後8時まで開けているので、夜の待ち合わせに使っていただくことが多いですよ。

このような気軽に楽しめるイベント等もあり、エントランスは常に人の気配を感じます。色んな人の気配があると安心感がありますよね。美術館に入る時の特有の緊張感を感じず、居心地がよく感じるのはこの施設の特徴かも知れません。
来場者とスタッフの距離がとても近いこともあって、展示の感想や上映内容のリクエストも日々耳にしているそうです。熊本市現代美術館が目指した「開かれた美術館」とは、美術ファン以外にも親しみを感じてもらえる美術館ということのようです。

企画展が地域に愛されている理由

ここは巡回展だけでなく企画展にも力を入れて取り組んでいることも特徴です。冨澤さんをはじめ、学芸員のみなさんは街中にアンテナをはって情報を収集し、そこから企画に発展することがあるそうです。

地元の美術家は街や人の動きを気にしています。その土地ならではの出来事だったり社会問題だったり。それが作品にも反映されるからリアルで面白いですよ。

館内のギャラリーⅢは、九州在住、出身の美術家の「今」を紹介する展示室。九州の作家をたくさんの人に知ってもらえるよう、無料公開にしています。特に印象的だったのは、熊本地震の直後の出来事についてでした。

ちょうど、天草の丸尾焼の企画展「〇о(マルオ)の食卓」準備の時期でした。丸尾焼の方たちが「地震直後の今、この展示で自分たちは何ができるか」と考え、予定していたものとは別の企画を持ち込んで来られたんです。「きっと、みんな地震でお茶碗が割れてしまっているはずだから、来館者にはお茶碗をプレゼントしたい」と。そこで急遽、来館者には会場でお茶碗をお渡しし、そのお茶碗と日常風景の写真とエピソードを送っていただく。それを館内に掲出するという内容に変更し、大人気の展覧会になりました。

宮島達男の作品と学芸員
宮島達男《Opposite Vartical on Pillar-233651 series-》2002年

たくさんの人たちに来てもらいたい想いが通じ、写真とエピソードは日に日にギャラリー内を埋め、ついには外に溢れ出しました。

社会の課題に美術家が反応して、美術館が呼応する。来場者を巻き込んで展示を完成させる。関わった全員が体験・経験を得られる企画展。この美術館が、市民に愛され市外にもファンが多い理由がわかったような気がしました。

美術家が地方で活動する、ということ

最後に、地方の美術家は今どんな活動をしているか、とお尋ねしました。

九州ではクオリティの高い展覧会が多く行われているし、地元で活動する美術家たちのグループ展も盛んですよ。

公的な美術館以外でも、民間のギャラリーなどを通じて、作品が一般の方の目に触れる機会が多くなっているそうです。大都市にしかチャンスがないなんて、もう古い考え方かも知れません。社会が多様化している今だからこそ、作家活動ができる範囲が広くなったとも言えるのではないでしょうか。

副館長の岩崎さん

熊本にいる美術家の中には農業をやっている方が多いんですよ。

なにやら美術家との会話の中で農作物の話題が出ることも時折あるそう。

熊本は面倒見の良い農家さんが多いから、きちんと農業を教えてくれる人がたくさんいるんでしょうね。美術家たちは、生産性があることをやってみたくなって挑戦していると聞いたことがあります。

作物を育てることで、得られる体験と経験は作品にも影響がありそうです。農業に挑戦しやすい環境があるのは農業が盛んな熊本ならではですね。

熊本市が主催する催しや、国際会議、イベント等に伴い、地元美術家から「自分に何かできないか」と相談をいただくんです。彼らはドキドキさせてくれる作品や企画を提案してくれます。私たちの役割はそれをサポートし、行政やさまざまな団体と市民とを繋げる「ハブ」なんです。
芸術とはそのものが多様性を尊ぶもので、人と違うということをどう受け入れるかを知るためのアイテムともなります。深く関わるではなく、ほんの少し関わってみることで、もしも何かを始めるきっかけになれば私たちの活動も無駄ではないなと、うれしく感じます。

この施設は、「現代美術の館」ではなく「現代の美術館」。つまり、同じ時代を生きる人が作り出す美術館だから元気があるコミュニティの場になっているのかも知れません。

地方の劇団で活動する、ということ

次にお話を伺ったのは、熊本市を中心に活動する「劇団きらら」の創設者である池田美樹さんです。現代美術館と様々な活動でコラボレーションされています。
劇団きららは1985年の旗揚げ以来、一貫して彼女のオリジナル作品を公演し続けています。作品のテーマは彼女の「今一番怖いと思うこと」。「その時々の社会を切り取る視線」「小劇場ならではの表現」を念頭におき、脚本と演出も手掛けています。
熊本市に住みながら感じていることを作品に落とし込む「表現者」の活動について教えていただきました。

池田美樹さん

各劇団仲が良いんですよ。活動を相互に観に行くなど交流が盛んです。

熊本には熊本演劇人協議会があります。県内劇団の取りまとめだけでなく、県や市町村の公立会館の自主文化事業に参画したり、公演助成金を出したりして熊本演劇界の活動を支援しています。そこには15団体8個人が所属し、創設50年の老舗劇団から10代が中心の若い劇団もいるそう。九州内は他県の劇団との交流が活発で、コミュニティが充実しており、競合相手というより共存相手というニュアンスが近いのかも知れません。

逆に地方の活動だけでは得られないことはありませんか?

都会と比べると刺激が少ないかもしれませんね。劇場もジャンルも数は圧倒的に都市の方が勝ります。

しかし、こうとも語ってくれました。

都会では「全国レベルのおもしろいもの」が次々に生まれている。でも数が多すぎて、かえってその「おもしろい作品」と出会いそこねてる人も多い気がします。いろんなものと自分を比べ過ぎて出会いを諦めてしまうことも少なくないかも。
最近はその「全国レベルのおもしろいもの」が九州にやって来る機会が増えているので、アンテナさえ張っていれば刺激をもらうチャンスは増えていると思います。

池田美樹さん

地方だから得られる思いがけない、依頼もあるんですよ。私たちは公演以外の活動も行う「なんでも屋」なんです。

昨今は文化庁が芸術表現を通じたコミュニケーション教育の推進をしているということもあり、学校・企業から「演劇を使ったコミュニケーションのワークショップ」の依頼を受けることが度々あるそう。都会では専門的なコンサルティング企業が手掛けることが多いかと思いますが、九州ではそれを演劇人が請け負う機会が多々あります。
他にもイベントの企画や演出、CM出演やナレーションなどいろんな仕事があり、「なんでも屋」としていろんなチャレンジが出来るのは地方の特権だと思います。

色んな依頼にチャレンジすることで、演技以外のスキルがあがっていくのは地方の特権です。

地方だからこそ得られるチャンスは、表現者に都会では得られない体験・経験をもたらしています。

公演を通じてわかった、地方での演劇活動の魅力

2020年1月某日、池田さん率いる劇団きらら「70点ダイアリーズ」公演が行われました。
客席から少し手を伸ばせば届きそうな距離で、池田さんと演者の方たちがダイナミックな動きと豊かな表現で会場の熱を上げていきました。
「人生に点数をつけたとして、70点ってどんな人生か」というテーマで、同じくらいの点数でも苦しんでいる人、楽しんでいる人、様々な人間模様をテンポよく描いた作品。
楽しいシーンの時は一緒に笑え、苦しいシーンの繊細な描写は、まるで白昼夢を見ているかのような空間に切り替わり、会場全体を惹き込みました。

今回の公演を見て、学校や企業の方が講演を依頼したくなる気持ちがわかったような気がしました。
上演終了後に再び池田さんを訪ね、公演の感想をお伝えすると「(台本はあるものの)出演者みんなのアイデアを生かして作っているんですよ」と話してくれました。

劇団きらら
劇団きらら「70点ダイアリーズ」

地方で演劇活動は、都会に比べると刺激が少なく感じることがあるかも知れない。けれど、ひとりひとりが演技以外の面で主役になれる機会は多いのかも知れません。

「公的機関」と「表現者」2つの視点でお話を伺うことで、現代の美術家や表現者たちは生き方が多様で、都会だけでなく地方での活躍の場を広げていっているとわかりました。

インターネットとSNSが普及し個人による発信ができるようになったことで、どこに居てもチャンスが掴めるようになってきたこと。併せて熊本市のように人との距離が近く感じられる環境があることで、表現者たちは多様な人間関係や独自の社会的立場を築いていること。熊本市のカルチャーシーンが元気だと感じるのは、こういった背景が関係していそうです。
熊本市の「カルチャーシーン」に今後も注目です。

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熊本市現代美術館「ホームギャラリー」

熊本市現代美術館

住所:熊本県熊本市中央区上通町2-3
https://www.camk.jp/

開館時間:午前10時から午後8時
(展覧会入場は午後7時30分まで)
休館日:火曜日(祝日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12月29日から1月3日))
入館料:無料(企画展示室を除く)

劇団きらら

劇団きらら

住所:熊本県熊本市中央区黒髪5丁目8-11-2F
http://www.gkirara.com/

熊本はどうデスク ライター紹介

大塚さん

大塚 淑子

撮影・ライティング
おおつか・よしこ/1985年生まれ。福岡県八女市出身。大学在学中より好きな写真を気まぐれに撮り集め、好きな文章とも関われる雑誌編集者を目指す。フリーペーパーの編集を経て、熊本の出版社『ウルトラハウス』に入社後副編集長を務める。
2019年よりフリーの編集者・フォトグラファー・ライターとして活動。
熊本住居歴/13年

ひえだ

檜枝 香

編集
ひえだ・かおる/カラクリワークス株式会社所属。猫かぶり型コミュニケーター。「昨日の自分が知らなかったことを今日の自分が体験・経験すること」に喜びを隠せない性分。福岡県出身、福岡市在住。
県外在住の視点から見て感じた、熊本市の魅力を配信します。