熊本はどう?フェス/移住先輩クロストーク

2019年9月14日(土)に東京・いいオフィス上野 by LIGで開催した、「熊本はどう?フェス」。
この記事では、フェスの中で繰り広げられた移住先輩によるクロストークの内容を一部抜粋してご紹介します。

登壇者の紹介

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告鍬陽介さん(35歳・夫婦とこども)
シタテル株式会社 / 事業開発・生産管理

熊本県芦北町出身。東京の専門学校へ進学のため18歳で上京。熊本地震をきっかけに、「自分にとって優先すべきことは何か」と考えUターンを決意。東京で立ち上げた自らのアパレルブランドを熊本でも継続しつつ、シタテル株式会社で日々新たな挑戦を続けている。

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寺岡梓さん(37歳・単身)
株式会社えがお / 商品開発

熊本市北区出身。福岡で就職し、挑戦したい気持ちから30歳を機に上京。しかし熊本地震をきっかけに熊本への想いが強くなり、転職活動を開始。「やりたい仕事が熊本にあるのか」という不安の中、経験の活かせる仕事が決まりUターン。仕事にやりがいを感じながら、熊本で充実した日々を送っている。

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小笠原晟一さん(24歳・単身)
一般社団法人WINg kumamoto/ 代表理事、『After school choice』ディレクター

東京都杉並区出身。海外への憧れから、”海外研修航海”を行う東海大学への進学を考える中で、「知らない土地で自分を試したい!」と東京から一番遠い熊本キャンパスを選ぶ。熊本地震での災害支援を経て、熊本でできた人との繋がりをきっかけに熊本で生きていくことを決意。

ファシリテーター

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池田真麻
熊本市UIJターンサポートデスク/移住支援専門員

熊本県和水町出身。東京に憧れ大学進学と共に上京するも、12年間の東京生活の中で、熊本の良さを再認識。「熊本に関わる仕事がしたい!」と移住相談員の道へ。熊本地震をきっかけに自分自身もUターンを決意。

「そこにあったものが、ずっとあるわけではない」気づいたきっかけ

池田 みなさん「熊本地震」が熊本へのUIターンに大きく関わっていますよね。熊本地震があったときは何をしてましたか?

告鍬さん:僕はそのとき妻と焼き肉を食べていたんですけど、その最中に友達からめっちゃLINEが来たんです。ネットで確認したら熊本がすごいことになってて…。すぐに実家 の家族に確認を取りました。

寺岡さん:私も会社の同僚と飲んでるときに、東京にいる熊本出身の友達からやばいって連絡が来て。実家に電話しても誰も出ない…。その後LINEでなんとか連絡が取れたので良かったんですけど、もしも家族に何かあったらと思うと、本当に怖かったですよね。

池田 私も地震のときは東京にいたので、この中で唯一熊本地震を体験してるのが小笠原さんなんですが、あのときは何してましたか?

小笠原さん:14日の前震のときは普通にテレビを見てたんですけど、16日の本震のときはバイトでコンビニのスパゲッティを作る工場にいました。スパゲッティは飛んで工場はめちゃくちゃになるし、バイトのおばちゃんは叫んでるし…すごい状況でした。それから原付で一回家に帰ったんですけど、信号が全部消えてて。いつ車が飛び出してくるか分からなくて怖かったのを覚えてます。コンビニにも行ったんですけど、カロリーメイトひとつも売ってなくて。結構ショックでしたね。

池田 告鍬さんは地震後すぐにUターンを決めましたか?

告鍬さん:元々自分の中に、洋服を作りたいとかお金を稼ぎたいとか、いくつかの優先順位があったんですけど、その中でも「いつか(実家のある)芦北に帰りたい」というのがトップの方にあったんです。地震があったことで、極端な話かもしれないけど、「そこにあったものが、ずっとあるわけではないんだな」と気づくきっかけになって。そこからUターンを具体的に考えるようになりました。

いろんなものを生み出してくれた地震

対話する男女

池田 移住まではどのくらいの期間かかりましたか?

告鍬さん:うーん、1年かかってないんじゃないかな。神奈川で中古マンションを買って住んでいたので、それを売る手続きとか、妻が会社を辞める手続きとか、すぐに始めました。 ただマンションが思いのほか早く売れちゃったんで、早く次の家決めなきゃーみたいな(笑)。それもあって移住までは早かったですね。

寺岡さん:私もUターンまでは早かったです。地震があってすぐは東京で頑張ろうと思ってたけど、5月のGWに熊本に帰って、被災してる実家の状況を見たらやっぱりショックで。一度東京に帰って、東京でまた頑張ろうと思ってはいたんだけど、そのあとまた熊本を大雨が襲いましたよね。そのニュースを見て「帰ろう!」って決めました。それが7月くらいで、9月にはUターンしてましたね(笑)。

池田 すごい行動力ですね…(笑)!小笠原さんは大学進学で熊本に来ていて、地震後熊本に住み続けるという選択をされるわけですが、そのきっかけは?

小笠原さん:僕は中学3年生のときに東日本大震災を東京で経験してるんです。
ちょうど地震の避難訓練をしてたときに揺れて。全校生徒が校庭にいる状態で、プールが津波みたいに波打って…。
まわりの大人は災害支援とかしてたんだけど、僕は中3だから一人じゃ遠くには行けなくて、何もできてないなという気持ちがあったんですね。熊本地震のときは大学3年生だったので、今度こそ災害支援をしようと思って。そこで出会った人たちが本当に良くしてくださったんですよね。結果的にそのご縁が、いまの起業に結び付いていますし、熊本で出会った人、関わった人、良くしてくれた人たちに何かできるんだったら、熊本にいたいなと。それが僕が熊本に住み着いた理由ですね。地震っていろいろ壊したんだけど、逆にいろんなものを生み出してくれたきっかけでもあったんじゃないかなと、僕は感じています。

熊本にも面白くて元気のいい会社がある

マイクで話す女性

池田Uターンを決めたあと、告鍬さんはシタテルという会社をすぐに見つけることはできましたか?

告鍬さん:熊本にアパレル関係の会社が少ないので、東京にいたときからシタテルのことは知ってました。熊本にも面白い会社があるなぁと。グラフィックのソフトが使えたこともあって、シタテルのほかに雑誌系の会社にも応募したんですけど、僕はやっぱり服の仕事がしたかったから、ご縁もあってシタテルに入社することにしました。

池田寺岡さんは福岡で働いていた時にチャレンジしようと思って上京されたとお伺いしています。熊本でのお仕事にもこだわりがあったのでは?

寺岡さん:もともと東京では化粧品の開発をしていて、熊本でもものづくりの仕事がしたいと思っていましたね。転職先を探すときに、仕事柄知っていた会社がいくつか頭に浮かんだんですが、熊本の中でも元気のいい会社としてえがおが印象に残ってました。健康食品の開発も化粧品と似てるので、求人サイトを見ながら結果的にえがおに応募してみることにしました。

池田えがおの求人もいろいろあると思うんですけど、自分がやりたい職種の求人は最初からありましたか?

寺岡さん:そのときはフリーでの募集だったんですけど、実際面接したときは「秘書が欲しい」と言われて…。でも面接してくださった方が、お話してるうちに「あなた秘書じゃないね」と言ってくれたんです(笑)。
じゃあ商品開発で、と話が進んでいきました。運よく希望する仕事に就けたので本当に良かったです。

池田移住するときに大変だったことはありますか?

告鍬さん:さっきの家の話の続きですけど、東京のマンションが思いのほか早く売れてしまい、すぐに熊本での住まいを見つけなければいけなくなって焦る中で、自分は自営業、奥さんはすでに退職していたので、審査がなかなか通らず苦労しましたね…。僕がやってるブランドの売り上げとか、商品の卸先とか、なるべく具体的に細かく書いて審査が通るように頑張りました(笑)。地震の後で物件もあまりなくて、とにかく家探しが大変だった思い出がありますね。

池田奥さんが山梨出身ですよね?納得いただけましたか?

告鍬さん:よくケンカはするけど(笑)、Uターンのことでケンカしたことはないですね。僕は熊本が好きで年に1回は帰ってましたし、僕にとって熊本の優先順位が高いのは前からずっと話してたので、理解してくれていました。

熊本はストレスフリー!

池田東京の暮らしに比べて熊本の暮らしはどう?

小笠原さん:僕が住んでみて思うのは、東京に比べて熊本ってすごく豊かだなぁと。豊かさって色々あると思うんですけど、例えば市内から車で1時間走れば阿蘇山の風景が見れたりとか、車で3時間も行けば天草の新鮮なクルマエビが食べれたりとか。かと思えば、福岡にも新幹線ですぐ行けますし、福岡空港からは北海道や海外にも行ける…。自然もありながらアクセスの良さもあって、人の多さも程よくて、本当に暮らすのに抜群の環境があると思います。
熊本の電車に乗ったときに、座席が埋まってると「今日混んでるね」ってみんな言うんですよ(笑)。東京ならスカスカだって思える状態なのに。僕からしたらそういうのがストレスフリーだし、そこが熊本のいいところだと思いますね。

市電と駅で待つ人々

寺岡さん:確かに熊本はかなりストレスフリーですね。東京は人が多いってだけでストレスですし、街中歩いて疲れたのでちょっと休憩しようと思っても、喫茶店が空いていないことも多くて…。熊本ならだいたい、いつでもどこでも入れますよ(笑)。先ほど小笠原さんもおっしゃったけど、大自然が身近にあるし、私温泉が好きなんですけど、温泉に行ってストレス解消して家でゆっくりするということが日頃気軽にできるし…。すごく良い環境だと思います。

いい意味で世話焼きな熊本人

マイクで話す男性

池田東京出身の小笠原さんから見て、熊本の人ってどんな感じですか?

小笠原さん:熊本の人はいい意味で世話焼きですね。「若者はいくらでも飲みなさい!」みたいな感じで、全然知らないおじちゃんがお酒を奢ってくれることがあったりするんです(笑)。「なんでそんなにしてくれるんですか?」と聞くと、俺もそうしてもらってきたからって言うんですよ。先輩方がされてきたことが受け継がれてきてるんですね。
東京とかで飲んでたりしても、隣の人と話すことってあんまり無いじゃないですか。熊本だと全然知らない人と2軒目にいったりするんですよ(笑)。そんなのが当たり前に起きるのが、熊本の人の特徴かなぁ…。

池田それはもちろん、良い部分ということですよね(笑)?

小笠原さん:それはもちろんです(笑)!本当にみんな良い人で、超楽しいんですよ。ぜひ、熊本に遊びに来て、一緒に楽しみましょう!

池田最後に移住を考えてる方へメッセージをお願いします。

告鍬さん:月並みなことしか言えないけど、本当に熊本はいいところです。僕、東京も大好きだし熊本も大好きで、どちらも一長一短というか…。正直熊本も東京も、いい意味であまり変わらないんじゃないかなと思ったりもするんです。
僕もUターンできたし、無責任なことは言えないけど、何とかなるんじゃないかなって思います。

寺岡さん:私も帰ってきて大満足しています。帰ってきて良かったなぁ、熊本で良かったなぁと。ぜひそんな熊本に一度来て頂いて、ぜひ一緒に飲みましょう(笑)。熊本は人・環境・食、全部いいので、とりあえず遊びに来てみてほしいです。

小笠原さん:まずは住まなくても、一度行ってみるのがいいのかなと思います。美味しいお酒と美味しいごはんを食べて、「楽しかったね」と思ってもらえればそれでいいのかなって。僕もしっかり世話焼きますよ(笑)!ぜひ熊本に遊びに来てください!