「地方に住むことが憧れ」という価値観を生み出したい。
都会への憧れから、地方での価値ある暮らしへ。そんな思いを持って熊本市に移住し、地域活性化にライフワークとして取り組む人物がいます。熊本市東区に本社を持つ「Local Gain(ローカルゲイン)」の取締役副社長、佐藤雄一郎さんです。県内の様々な地域や自治体と組んで地域活性化プロジェクトを次々に生み出し続ける佐藤さんに、その拠点とする熊本市の魅力、そして「地方都市で暮らすこと」への思いを聞きました。
箱根駅伝に憧れて東京へ。そこで気付いた「地方」の現実と可能性
ー 佐藤さんはこどもの頃から、陸上競技の長距離選手として活躍していたそうですね。
私の生まれは熊本県の北部にある和水町(旧三加和町)。かの日本マラソンの父・金栗四三の出生地です。「金栗イズム」が宿る地域性もあって、こどもの頃から当然のように走り回っていました。中学から陸上競技部で長距離選手となり、高校でも駅伝部に所属。陸上競技に熱中した日々でした。
ー 東京の大学へと進学したのも、陸上競技のためですか?
はい、一番には「箱根駅伝に出たい」という思いがあり、スポーツ推薦をいただいた帝京大学へと進学しました。
大学では月間700〜800km走るようなハードな毎日を送りましたが、部員が50名以上いる駅伝強豪校でレギュラーメンバーになることは難しく、大きな駅伝大会などでは彼らのサポートに徹する役割でした。でも、そこで得た「黒子としてチームを支える」経験は、後に私の大きな力になることになります。
一方で、上京したことで「地方と都会の格差」に気付いて疑問に思うことも増えていました。例えば、駅伝競技においても関東地域の大学に限られる箱根駅伝だけが盛り上がることもそうですし、帰省するたびに地元でお店や学校などが少しずつなくなっていて、華やかな都会との差を感じていました。外に出て視野が広がることで、こういうことに気付けたのも、「家から(外へ)出ていけ」と言い続けた父の狙いだったのかもしれません。
ー 大学卒業後は、東京でプロモーション会社に就職。それまでと全く違う道を歩み始められたんですね。
はい。企業に赴いて商品の販売促進、ブランディングなどの提案を行う企画営業職だったのですが、毎日、睡眠時間4時間で働きづめ、本当に鍛えられました(笑)。いろんな情報が集まる大都会でアンテナを張ってトレンドを見つけ、センスを磨いて、これまでにない新しいものを生み出す…、そんな仕事のやりがいは本当に大きかったですね。
東京から大阪、京都へと転勤を繰り返す中、特に京都のお客様との仕事はとても勉強になりました。例えば、お茶の通販を行う会社を担当したとき。和水町と変わらないくらいの田舎に大きな工場を持っていたんです。そのような立地の企業に商品のブランディングを企画提案するなかで、「優れたセンスやデザイン、戦略や分析を持ち込めば、地方からでも全国の最先端で戦える」という経験をさせてもらえました。「これからの地方の仕事」のモデルケースになるかもしれないと、ピンと来たのを覚えています。
熊本は、磨けば光る魅力的なフィールドに恵まれた場所
ー 充実感を持って働かれていた東京・大阪・京都での約5年半。そこから帰熊し、熊本市で「Local Gain」を立ち上げるに至った経緯は?
学生時代から抱いていた地域活性化への思いもあり、3つの目標を持って熊本に戻ってきました。1つ目は、当時人気が高まりつつあったトレイルランのレースを熊本につくること。2つ目は熊本の地域産品を県外・海外に売り込むこと、3つ目は熊本の伝統文化を残し、広めていきたいということ。都会での気付きや学んだことの全てを、故郷のために生かすことで恩返しをしようと思っていました。
帰熊後は地場の健康食品会社に勤めた後に、トレイルラン大会の企画運営会社に4年間勤め、地域を元気にする手段としてトレイルランのイベント企画やコース開拓に熱中しました。しかし、そのうちに「トレイルランに限らず、いろんな手段で地域を元気にしたい」と思うようになってきて…。
そんなとき、同じ思いを持った仲間と独立を決意。Local(地方)にGain(前進・利益)をもたらす企業に、との理念をもって、熊本市で「Local Gain」を立ち上げました。
ー トレラン・マラソン大会などのスポーツイベントから、モーターイベント、商品開発、施設の指定管理サポートまで…。「Local Gain」が関わっている地域活性化のプロジェクトは幅広く、そしてどれも「なるほど!」と唸ってしまうものばかりです。
そうですね。雄大なカルデラを走る「南阿蘇カルデラトレイル」(年2回開催)、女学校跡地、通学路からインスピレーションし、創り上げた女性だけのトレラン大会「阿蘇トレイル女学院」、令和2年7月水害の痕跡を辿りながら球磨川の雄大な魅力に触れる「KUMAGAWA REVIVAL TRAIL」など、どれも好評いただいています。
2022年6月に開催した「熊本空港マラソン」は、滑走路を足で走るというありそうでなかった大会。場所が場所なので制約事項が多く準備は大変でしたが、反響も大きく、他県からも問い合わせが来たほどでした。
また、放置竹林の問題や後継者不足に切り込むべく、タケノコ掘りを“競技化”した「山鹿たけのこ掘り選手権」も大人気でしたね。こんな感じで、年間50本近くのプロジェクトを企画運営サポートしています。
ー 双子の弟さんと一緒に、パフォーマー「肥後こま・佐藤兄弟」としても活躍されていますね。
こどもの頃、祖父に教えてもらった「肥後ちょんかけごま」。この郷土芸能を残すだけでなく、若い世代へと広めていきたいと思っています。これも、スポーツイベントの考え方と同じです。どうやれば光るかを考えて、アクロバティックなパフォーマンス性を高めていろんな場で披露しています。動画サイトやテレビなどで度々話題にしていただき、ありがたい限りです。
熊本市は人間らしく生きられて、アイデアが沸き起こる街
ー 熊本市に移住してきて約7年、「住む場所」「働く場所」としての熊本市の魅力って、どう感じていますか?
住む場所としての魅力は、「人間らしく生きられる街」の一言に尽きると思います。無機質なコンクリートの大都会を経ると、必ずどこかで自然の植物に触れられて、お城や古い景色が残る街並みもあって、水がきれいで食べ物もおいしくてと、熊本市民にとっては当たり前に感じているようなことも、かけがえのない宝だと思います。一方で地方都市としての都会感もある熊本市の「程よさ」の魅力は計り知れません。毎日、どこかで何かにワクワクできるような街です。今、4歳と1歳のこどもの子育て真っ最中ですが、この街で子育てができてよかったとしみじみ思っています。
これは私の実感なのですが、年収600万円の東京暮らしよりも、年収400万円の熊本市暮らしの方が、よほど贅沢な暮らしができると思います。物価や家賃の差もありますが、狭くて息苦しい大都会暮らしよりも、ゆとりがある空間で過ごせる熊本市の方が、金銭面にとらわれない本当に豊かな暮らしというのを感じられる。
その「程よさ」は、ビジネス面でも大きな魅力だと思います。新幹線・高速道路・飛行機などのアクセスの良さはもちろんですが、周囲に魅力的なフィールドばかりで、可能性に満ちあふれていると思います。有機的な街並や自然のなかでゆとりをもって働く中で、「あ、なんだかアイデアが浮かびやすいな」と思うこともよくあります。
ー「地方で暮らす」ことの可能性の大きさを、熊本市で感じていらっしゃるんですね。
そもそも、「東京への転勤は栄転」のような価値観があまり好きではありません。これからは、優秀な人材が地方へと飛び立つ時代になると思います。私のように、一度、都会に出て磨いたスキルを地元や地方でのビジネスや課題解決に生かすことで、元気のいい地方づくりにも繋げられるでしょう。
少子高齢化・デジタル化が加速度的に進む今の時代、1人で二役、三役の仕事を担うことも必然になるでしょう。そのような仕事の拠点としても、熊本市は“ちょうどいい”都市だと思います。
都会暮らしに憧れ、都会に出ることが最上という従来の考えから脱却して、「地方に住むことが憧れ」という価値観を生み出すことが、私の理想です。地方で活躍したい人が輝けるような仕事やフィールドを熊本市などの地方に作っていければとも思っています。
※記載の情報は、すべて取材時のものです。